研究テーマ

RNAサイレンシングの誘導機構

 RNAサイレンシングは、遺伝子のはたらきがRNAの塩基配列の相同性に基づいて特異的に抑制される現象です。この現象は、ペチュニアに対してアントシアニン色素の合成系に含まれる遺伝子を導入した結果、予想に反して花弁に白色の部分が生じたことを契機として明らかにされました。このような外来遺伝子によって誘導される花の色素合成の阻害を指標にすることを含め、ペチュニア、ダイズ、シロイヌナズナ、タバコ等、さまざまな植物を実験材料として用い、RNAサイレンシングの誘導に関する分子機構を研究しています。このことは、特定の組織や条件下で特定の遺伝子の発現を量的に制御する技術の開発につながります。

組織特異的なRNAサイレンシングと花の模様形成

 一般にペチュニアの花弁は植物色素であるアントシアニンが蓄積することによって赤色や紫色に着色します。面白いことにペチュニアのRed StarやPicoteeといった品種では、花弁の特定の部位が着色しません。私たちの研究グループでは、この現象が、色素合成に関わる遺伝子のRNAサイレンシングによることを明らかにし、『自然発生型RNAサイレンシング』と呼んでいます。上記の外来遺伝子によって誘導されるRNAサイレンシングと対比することで、その誘導機構の解明を目指しています。このことは同時に、花の模様形成の機構を理解することにもつながります

エピジェネティックな形質変化とその育種的利用

 植物が生育する過程において、遺伝子の塩基配列は変化せずに遺伝子の発現状態が変化する、エピジェネティックな変化が起きます。私たちの研究グループでは、その仕組みを解明することを目指した研究や、エピジェネティックな修飾の状態を遺伝子特異的に変化させる研究を行ってきました。また、フラボノイド化合物の産生制御を含む、エピジェネティックな機構を介した遺伝子発現制御の育種的利用に関する研究を行っています。

レトロトランスポゾンの転移制御とダイズの適応進化

 転移因子がゲノム上で転移することは、新たな遺伝的な変異を生み出すものであり、進化の原動力の一つと見なすことができます。転移因子が転移することを介して遺伝子の機能が損なわれることは、多くの場合、生物が生きる上で負の影響を及ぼします。一方、私たちの研究グループでは、ダイズにおいて転移因子の一種であるレトロトランスポゾンの挿入により遺伝子機能が失われることが、適応度の増大に寄与する珍しい事例を見出しました。この発見に基づき、転移因子の進化と制御機構を明らかにし、有用な遺伝資源の創生に結び付ける研究を行っています。

突然変異の誘発を利用した新たな遺伝資源の創生

 遺伝子に変異が生じた場合、その効果は、DNAの構造変化の程度、変化が生じた遺伝子中の領域、遺伝子がコードするタンパク質の機能などの要素によってさまざまに異なります。さらに、変異が複数の遺伝子に起きたことによる組合せを考えると、誘発突然変異の効果には無限に近い可能性があります。そのため、突然変異の誘発は、生物がどのような変化を許容できるか、また、どのような多様性を示し得るかを理解する手段となり、新たな遺伝資源の創出に寄与します。私たちの研究グループでは、イオンビーム照射を利用してダイズの変異体集団を作出し、その特性解析を進めています。

植物の代謝産物の産生に関する遺伝子発現制御と多様性

 植物には生育に必須な一次代謝産物に加え、さまざまな二次代謝産物が存在します。一般にそれらの生合成経路は多数の化合物から成り、代謝の各段階の反応を触媒する酵素をコードする構造遺伝子は協調的に制御されています。このような遺伝子発現の制御様式を解明すること、ならびに、それに基づき、人間に対する有用性を持つ植物の二次代謝産物の量的制御を目指した研究を行っています。

さまざまな植物を対象とした研究

 上記の研究に加え、以下の研究を行ってきました。
・ 植物遺伝資源の調査・探索
・ イネにおける適応進化と生殖隔離に関する研究
・ 植物におけるウイルスベクターの利用に関する研究
・ ダイズの開花制御に関する研究
・ エネルギー作物の分子育種に関する研究
・ 牧草の分子育種に関する研究
・ テンサイの形質転換に関する研究
・ ダイズ属植物の進化に関する研究
・ ダイズの種子貯蔵タンパク質遺伝子に関する研究
・ 植物細胞に対する放射線の影響に関する研究
・ ハスの品種分化に関する研究
・ 植物のミトコンドリアゲノムの多様性に関する研究
・ エンレイソウ属植物の雑種形成機構に関する研究
 これらは内外の研究者との共同研究を含み、また、現在も実施中のものを含みます。